INTERVIEW

#26

花を通じて、川内村の未来を見届けたい。

福島県 双葉郡 川内村 在住 福塚 裕美子(ふくつか ゆみこ)さん
大阪府貝塚市出身。21歳のころ生花の魅力に目覚め、花屋の世界に。東京の花屋での勤務中に東日本大震災に遭遇。直後の2011年、川内村出身の同僚と村に足を運び、2012年5月に移住。2016年に花屋の修行のため1年間ドイツへ。帰国後の2018年に再び川内村へ。「Fuku Farming Flowers」を開業し、双葉郡内3カ所(川内村、楢葉町、広野町)で花屋の出張販売をしながら、自身の店を川内村にオープンする準備を進めている。

震災後初となる、双葉郡のお花屋さん

地元で「ふくちゃん」の愛称で呼ばれている福塚裕美子さんは、2019年8月現在、双葉郡唯一の花屋として「Fuku Farming Flowers」を運営しています。今はまだ店舗を持たずに、週に2~3回、双葉郡内の川内村、楢葉町、広野町の各商業施設の店先で出張販売を行う日々。
「双葉郡内で必要な商業施設は揃ってきたので、次はお花かなと思いました」という福塚さんは、東日本大震災翌年に川内村に移住した後、一旦村を離れ、昨年2018年に村に戻り花屋を開業しました。
「あらお花、いいわね、と言ってもらえるだけでもうれしいんです。特別な日じゃなくても、家にお花がある日常を届けたいと思っています」と話します。

震災直後に村で見た景色 移住してできたつながり

大阪府出身の福塚さんは、東日本大震災まで福島県とは縁のない生活を送っていました。東京の花屋で勤務していた2011年に震災に遭遇。当時の同僚の一人が川内村の出身で、彼女に連れられて震災直後の川内村を訪れ、初めて福島に足を運びました。
村の荒れた田んぼの景色に悲しむ同僚の姿を見て、美しい田園風景を取り戻したいと思った福塚さんは、2012年1月に帰村宣言をした川内村に、同年の5月、勤めていた花屋を辞め、移住しました。「東京に戻っても川内村で見た景色が忘れられず、何もできない自分が苦しかったので、村に移住して何かするしかないと思いました」と当時を振り返ります。
まだ戻る住民も少なかった2012年の川内村で、役場を訪ね臨時職員の職を得た福塚さんは、村の人が集まるイベントがあると聞きつけては参加し、村の人とのつながりをつくっていきました。「移住したら、とにかく顔を売ってコミュニティをつくっていくことが大事。その中で自分のやりたいことを繰り返し伝えていけば、いざ行動を起こした時に協力者が現れるんです」。
実際に福塚さんは、農業未経験だったにもかかわらず農業の仕事を得て、農業体験のボランティアイベントや町のお祭りの出店などを手掛けるようになりました。

村を離れてドイツへ 川内村へ戻って始めた花屋での苦労

川内村で約3年間暮らした福塚さんですが、震災前から決めていた、海外で花屋の修行をしたいという思いが胸の内にはありました。村への支援が充実してきたタイミングで一旦村を離れ、留学資金を貯め1年間ドイツへ渡ります。
「ドイツへ行くということが決まった時に、村の仲間に報告に行ったんです。その時に自然と『ドイツから戻ったら、川内でお花屋さん開くから』と口から出ていました。だからいま川内にいるのは、その約束を果たすためなんです」と笑う福塚さんですが、開業まで、そして開業してからの日々は、初めは順風ではなかったようです。

「ドイツから帰国後、東京で開業資金を貯めてから川内村に戻りましたが、家が見つからず、1年くらい元保育園だった施設に暮らしていました。資金も潤沢ではないので、足りない分は借金をしています。開業した時も、応援してくれる人と拒絶する人と半々で、辛い思いもしましたが、『応援してくれる人が50人いたら敵も50人いるのが村社会だ』と聞いてから、応援してくれる50人を大切にすればいいんだと吹っ切れました」。
その後、福島県内の様々なメディアで取り上げられるようになり、福塚さんの活動が知られていくに伴い、少しずつ認めてくれる人も増えていきました。「認めてくれる人を増やすには、やり続けて結果を出していくことしかないんです」と福塚さんは前だけを見ています。


「村だからできない」とあきらめなくてもいい未来を、みんなと笑いながらつくっていく

大阪、東京と都心部で暮らしていた福塚さんですが、川内村に移住してからの生活で辛いと思ったり、不便だと感じたりすることはほとんどないそうです。
「『村』というところに暮らしたことが無かったので、日本昔話のような世界を想像していたんです。だから、道路もちゃんとしてるし、お店も最低限揃っているし、不便だと思ったことはないです。むしろ、山菜などの自然の恵みの豊かさや、人との距離の近さがとても心地よいです。豊かさって、無いものねだりなんじゃないかな」と笑顔を見せ、自身の今後については「まずは村に自分の花屋をオープンすることなんですが、そこにはギャラリーや川内村の食を楽しめる場所を併設したいと思っています。川内村は実は人材の宝庫で、食やアート、美容関係のスキルを持った女性たちがたくさんいるんです。そういう人たちが村の外に出なくても、自分のやりたいことを仕事にできる場をつくれたらいいなと思っています」と話します。
「今までは移住するときに次の行き先が見えていたけれど、川内村に戻ってきたときには、次にほかの場所に行きたいという気持ちが湧かなかったんです。だから私はずっとこの村で生きていくんだと思っています。みんなで笑って暮らしながら、村の未来を見届けたいです」という福塚さんの真っすぐな視線と笑顔には、村への愛情があふれていました。
━━取材を終えて
原発事故による避難指示解除から数年経った福島県双葉郡に花屋があること。それは双葉郡に、お花を飾ることのできる日常が戻ってきていることでもあります。人に笑顔を届けられる花の力を信じている福塚さんだから、震災後初となる、双葉郡での花屋開業という道を選ぶことができたのでしょう。福塚さんの花屋を通して伝わることは、ささやかなことでありながら、双葉郡の日常を伝えるのに、大きな価値があることだと感じています。

(掲載:2019年10月)

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