INTERVIEW

#14

自分にしかできない、野菜作りを目指して。

福島県 会津若松市 在住 武藤 寿朗(むとう としお)さん
福島県会津若松市北会津町出身。39歳。都内の大手企業でシステムエンジニアとして勤務後、不動産会社のポータルサイト制作会社の社長となる。実家の農業を継ぐため、2011年3月にUターン。
ミニトマト栽培を中心に、会津野菜のブランド化を目指した野菜作りを行う。食育ネットワークをはじめ、地域に関わる活動に積極的に参加している。

IT業界から専業農家になる

山を臨む一面の田畑が広がる会津若松市北会津町で専業農家を営む武藤さんが、実家の農業を継ぐことを決意したのは2011年2月。渋谷のIT企業の代表としてWEB制作業務を率いていたときでした。

片道2時間の通勤時間から解放されたいと感じていた武藤さんが辞職を決心してから行動に移すまで時間はかかりませんでした。
武藤さんが辞表を提出したのは、奇しくも東日本大震災の前日。会津へ帰れたのは研修の始まる前日の3月25日でした。
「東北自動車道の路面がうねっていて、通常3〜4時間のところを昼夜かけて帰りましたね」。
その後、武藤さんは一年間の農業研修を受けます。「親と違う作物を作りたくて、選んだのはミニトマトでした。実は、研修中にミニトマトの出荷伝票を見ちゃって。売上金額の多さに驚いたんです。収益性、将来の需要予測をして、ミニトマト栽培を決めました」。
長年ビジネスで培ってきた武藤さんの経験が、取引先との交渉や、データ管理、商談の場で発揮されています。
「農業は、地質や物理、化学、法律から経理まで何でも知っていなくちゃいけない。特にミニトマトは品種ごとに水や肥料の与え方が違う。味で勝負したいので、すごく頭を使います」。

農業について語る武藤さん

武藤さんは、異業種で働いた経験のある方にこそ就農を勧めます。
「家業として経験を受け継ぐことも大切だけど、自分で工夫して、試して、検証することを繰り返すビジネス的な視点も必要なんです」。
会津では近所づきあいが一気に増えたと武藤さん。
「目的があるビジネス会話と違って、近所づきあいの会話は切り出し方が難しい。挨拶だけは大事にしなければと思っていましたが、妻はコミュニケーションが得意なので安心しました」。
Uターン2年目から武藤さんは消防団に入りました。地域の一員としての役割を担うのも、地域に根差す暮らしへの覚悟からでしょう。
「土手の草刈りや川の清掃など地域の行事が多くて大変なこともあるけど、困ったときには助けてくれる大切な関係です。若い世代たちだけで固まるよりも、威勢のいい若者を時には戒めてくれる年配者がいる、世代を超えた交流のほうが豊かなんですよ」。
武藤さんはいま、地域で暮らす先輩として移住者をサポートする側に立っています。武藤さんのアドバイスから、会津若松市内でミニトマト栽培を始めたIターン移住者も。
「移住の成功の決め手には、その地域に先輩がいるかどうかが大きいんです」。
武藤さんの田んぼで遊ぶ子どもだち

おいしい野菜を作って野菜嫌いをなくしたい

0歳から小学校1年生まで5人の子育てをする武藤さん夫婦。武藤さんは「私が得意だった科目は理科。畑でじいちゃんの邪魔しながら遊んで、植物や生き物に触れていたことが大きいかな。だから子どもたちにもできるだけ畑で遊ばせたいですね」と、楽しそうに話します。
冬には雪に覆われる会津地方。武藤さんはお子さんが通う小学校の給食センターにも納められている『雪下人参』づくりに入ります。
「毎年作っているのは、カラフルで人参臭さがない品種。雪の下で寝かせると、より糖分が増すんです。私の目標は、おいしい野菜を作って野菜嫌いの子どもをなくすことなんですよ」。
武藤さんは3年前から、竹林を手入れしながら竹を材料にする土壌改良の試みを始めました。自分だからこそできる農業を目指して、武藤さんのチャレンジは続きます。
「『会津の野菜をもっとおいしくしなくちゃだめだ』って、先輩にもズバズバ言っちゃうんです。なんでも採れる会津だけど、地産地消だけじゃなくて、全国でナンバーワンブランドの会津野菜を作らないと」。
武藤さんが育てた雪下人参
━━取材を終えて
会津地方は会津米、会津野菜の産地として知られています。冬は降雪量が多く、その雪解け水が豊かな土壌を生み、四季の寒暖差が農作物のうま味をつくりだしているのです。会津若松市では、移住や就農を地域ぐるみで支援、農業の担い手を育成し、武藤さんのように自然豊かな土地で栽培された会津野菜を栽培する次世代の農家が活躍しています。

(掲載:2018年4月)

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