INTERVIEW

#23

移住は人生をプラスに変える。

福島県 いわき市 在住 飯田 真一(いいだ しんいち)さん
1977年東京都生まれ。いわき市へは2015年3月に移住した。いわき市に来る前は東京と福岡県で暮らし、サラリーマンとして働いていた。
福岡県で退職した後、フリーランスの経営コンサルタントとして地域に関わっている。

自分にとってちょうど良い、いわき市へ

福島県浜通りの南部に位置し、太平洋に面している県内最大の人口と面積を持ついわき市で暮らす飯田さん。飯田さんは、福島に来る前は福岡県で暮らしており、実は今回が人生2度目の移住となります。いわき市に移住することになったきっかけは、いわき市出身の奥様との結婚。東日本大震災後、避難者や被災者の支援に携わる中で出会い、結婚と同時に移住を決めたそうです。これまでの仕事の関係で何度も足を運んだ浜通りですが、実際に生活するのは初めて。しかし、不便さはあまり感じないと言います。
「今までさまざまな土地を仕事の出張等で訪れたりしていますが、その中でもいわき市は気候的に一番住み心地がいいですね。夏はそれほどクーラーを使わないし、冬は雪もほとんど積もらない。街のキャパシティも“ありすぎず、なさすぎず”ちょうどいいと思います」
加えて、特急を使えばいわき市から東京まで片道約2時間というアクセスの良さも魅力だそう。都内で働きながら、週末をいわき市で過ごすといった二地域居住にもぴったりと太鼓判を押します。
「完全に定住するのはハードルが高くても、二地域居住や二地域活動なら試してみたいと思う人はいるはず。僕が関わっている『江名(えな)の町再生プロジェクト』でも将来的には二地域居住を進めていくつもりです」
かつて遠洋漁業の基地として栄えた江名港。
『江名の町再生プロジェクト』を通してかつての活気を取り戻します。
(写真提供:飯田真一さん)

転職しない移住のカタチ

飯田さんの職業は移住前から変わらず経営コンサルタント。これまで温泉旅館の経営再建から飲食店のプロデュースまでさまざまなプロジェクトに関わってきました。転職をせずに移住をした飯田さんに、地方で生業を成立させるための秘訣を聞きました。
「移住してしばらくは生活の糧を得ることよりも地域に馴染むことを優先して欲しい。理由は生活を構築することに集中すると、地域との距離が生まれ、結局また元の土地へ戻ってしまうなどの例も見てきたからです。今は持ち直しましたが、いわき市に来た当初は年収が4分の1になりました。あえて言うなら、半年間収入がなくても食べて行けるくらいの蓄えはあったほうがいいかもしれません。」
加えて、「ギャップに慣れる」ことも必要とのこと。例えば、最寄りのコンビニエンスストアが数キロ先だったり、トイレが水洗ではなかったり。地方で都会と同じ生活環境を求めるとどこかで必ずままならない現実に直面します。移住に憧れを抱いてやってきても「想像していた暮らしと違う」と感じることは多いはず。しかし、これまでの暮らしと違う部分に固執せず、せっかく移住したんだからとプラスにとらえてほしいと語ってくれました。
経営コンサルタントとして活躍する飯田さん。

地域との関わりと自らの役割

昨年から、かつて遠洋漁業の基地として栄えた江名港(えなこう)に活気を取り戻そうという『江名の町再生プロジェクト』にもアドバイザーとして関わるように。住民の方々の思いや夢を実現すべく、イベントの運営に携わるなど奮闘の毎日だそう。今後は地域に多くある古民家を、民泊として活用する事業も構想中です。
「いわき市に来てこんな風に地域の人々と関わるようになり、やっぱり自分はイベントをしたり、人と一緒に何かを作り上げたりすることが好きなんだなと再認識しました。今は、そんな自分のライフワークが、少しでも地域の役に立てばという思いです」
根っからの面倒見の良さで、人をまとめ上げていく飯田さん。その存在は地域にとってなくてはならないものとなっています。
最後に飯田さんにとって“移住”とは何かを聞いてみました。 「人生をプラスに変えるターニングポイントでしょうか。自分を振り返ってもこれまでをリセットして、新たに見つめ直すことができた気がします。今後移住を考えている方にも『ここにきて良かったな』と思えるような移住をしてほしいですね」
江名港でのイベントの様子(上) 民泊として活用する予定の古民家(下)
(写真提供:飯田真一さん)
━━取材を終えて
移住と転職はワンセットに考えがちですが、飯田さんのようにそれまでの仕事を変えずに移住を成功させた例は、特に自営業の方にとって参考になるのではないでしょうか。

(掲載:2018年12月)

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