INTERVIEW

#08

デザインの力で『ふくしま』のこれからをつくる。

福島県福島市 在住 アサノ コウタさん
建築家。福島県福島市生まれ。慶應義塾大学大学院卒業。
2009年の秋に福島市にUターンし、建築領域にとどまらない設計事務所「BHIS」を設立。
福島を舞台にアートワークやプロダクトデザイン、イベントを行う。
福島学院大学非常勤講師、古民家鑑定士。

福島なら先進的なことができる

アサノさんが故郷の福島市に戻り、活動拠点を立ち上げたのは2009年。「大学では3年間、古民家の研究をしていました。毎年、研究対象の島根県を訪ねていましたが、すでに日本全体の人口減少で建物自体が余り、地方では、都市開発のUターンの流れができていたんです。東京で何かを作ることよりも、人口が少なく、古民家がたくさんある福島だからこそ、世界に向けて先進的なものが作れるのではないかと考えました」。
特別な空間は、建物だけでは構築できないと考えたアサノさんは、業種を限定せず、『福島』という地域を限定した環境のデザインをしようと決意。建築をはじめ、グラフィックデザイン、コミュニティーデザインやプロダクトデザインを手がけます。
アサノさんの事務所の屋号は、BHIS(ビューティー・ハッピー・アイランド・スタジオ)。福島県のキャッチコピー、『うつくしま、ふくしま』をかたちづくりたいというモットーの表れでした。
アサノさんは、地域で活動をするにあたり、SNSの活用やパブリシティを計画、情報発信を意識的に行います。2010年には地元誌や新聞にコラムを掲載したり、取材を受けるなど、地元での基盤づくりも順調に積み上げていきました。福島で手掛けた最初の作品、『環境の棚』の展覧会が行われたのは2011年3月。テレビ取材で「大きな地震でもなければ3月13日には放送です」と言われたことが、今でも印象に残っているのだそうです。

アサノさんが創り上げた『環境の棚』

若者が戻ってくる街をつくるために

震災前から、継続して数々の作品を生み出し、プロジェクトに携わってきたアサノさんは、週単位でイベントを展開。「震災後は瞬発力が求められるようになった」と話します。「自分のなかで、思い描いていた通りにはできなくなりましたが、その分、やるべきことが見えてきました。福島の持つ豊かな自然や暮らしに惹かれて地元に戻ってきた僕の活動は、復興のためだけではありません。震災の前に帰ってきたのは、自分の強みだと思う」と分析します。
作品『福島の自邸(外観)』

自然との融合、古民家の暮らしのデザインなど、地域にあるものをいかす提案をしてきたアサノさんは地元福島市にある飯坂温泉に親しみを感じています。「観光客と地域の人が混ざり合っていて、外湯の鯖湖湯(さばこゆ)で地元のおじちゃんと仲良く話せる。そのコミュニティにすっと入れるのは飯坂ならではだと思います」。
人との輪のなかに、地元の良さを感じるとアサノさん。「福島市に帰って来たとき、右も左もわからない状態でした。なのに、人の顔がしっかり見えるおつきあいができる。業種を超えた、横断的なつながりが続いているのは、すばらしいこと」。アサノさんにとって大きかったのは、若い世代を応援する年長者の存在でした。「上の世代が下の世代のために動いている姿が、とてもかっこいいと思いました」。現在、福島学院大学で非常勤講師を務めるアサノさんも、若い世代の未来を考えて、活動をしている大人の一人です。
福島の学生バー『Jam』でのイベントの様子
作品『福島の自邸(内観)』
━━取材を終えて
「福島市の学生バー『Jam』にも携わり、一回り下の世代との交流が増えました。思春期に震災を体験した世代は、先のことを見据えている感じがします。10年後20年後、主役になる子たちに何ができるか。彼らのためにも、福島に戻ってくることが当たり前、という環境を作りたいと思いました」。アサノさんは、都市部からの価値観だけではない、地方の良さを考え、表現する仕事を通して、次の世代に何を伝えられるかを模索し続けています。

(掲載:2018年4月)

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