INTERVIEW

#13

多様な文化との出会いからわかった人生の可能性。

福島県 喜多方市 在住 須藤 Bond 亜貴(すとう ぼんど あき)さん
福島県会津若松市出身。福島大学大学院卒業後、ポーランドとイギリスで13年間、日本語教師、アートイベントの仕事を行う。
2014年帰国し、会津若松市北会津町の実家(有)すとう農産で企画・営業を担当。商品開発と広報を手掛け、会津地区で開催される芸術祭には、海外コーディネーターや運営スタッフとして参加し、アートを通した地域活性化に関わっている。2015年にスコットランド人リチャードさんと結婚。

父が続けてきた有機農業を守りたくて

須藤Bond亜貴さんは、東日本大震災のニュースをポーランドで聞きました。福島出身の日本人として、急遽TV出演を要請されるほど、海外にも大きな衝撃をもたらしていたと当時を振り返ります。
亜貴さんの実家は、1970年代からアイガモ農法(※)を取り入れ、無農薬の農作物づくりを続けてきました。震災後、原発事故の風評被害で、会津産のお米からも消費者が離れ、岐路に立たされます。折しも父親が病のため体調を崩したと聞いた亜貴さんは、「私でも、父や兄の力になることが何かできるのでは?あの無農薬栽培は価値があるもの!守っていきたい!」と実家の仕事をすることを決意。2014年4月、会津に戻ります。
亜貴さんは、アイガモで育てた米を料理に合うように工夫。パッケージデザインにも力を入れた6次化商品の開発を手掛け、通販、イベント出店などの営業を担当しています。
多忙を極めながらも送り出す商品には、自社商品を通して、身体に良いものを届けたいという亜貴さんの願いが込められています。「ポーランドで29歳の友人が、白血病になってしまったんです。日に日に痩せていくのがわかって、とても辛かった。医師から食事や身に着けるもの、すべてをオーガニックに変えなさいと指導されたところ、彼女は健康が回復したんです。」そのとき亜貴さんは、身体に取り入れる物の大切さを痛感したと言います。


※水田にアイガモを放つ農薬を使わずに栽培できる方法。アイガモは害虫を食べ、泳ぐときに土をかき回し、ふんは肥料になる。稲が実る時期にはアイガモは捕獲され、冬の間に食肉として販売される。
アイガモと水田

移住は自分を発揮するチャンス

13年間日本を離れていた亜貴さんは「会津に戻ったら、アウェー感が半端ないだろうなと思っていました。日本語も元に戻るまで時間がかかりましたね」と打ち明けます。
亜貴さんとの結婚を機に、2015年に会津に移住したスコットランド人の夫リチャードさんは、「日本語は、最後まで聞かないと結論がわからないから戸惑う」と、文化の違いを感じているようです。
「ヨーロッパでは、女性はお酌をしないので、帰国してからの飲み会で目上の人にお酌していないことに慌てて気づいたことも(笑)」と亜貴さん。一方、リチャードさんは、「ヨーロッパは個人主義。飲み会では、同じ年代で固まってしまう。日本でいろいろな年齢の人たちが一緒に飲めるのはとてもいいこと」と飲み会の慣習を歓迎しているようです。
これまで、世界中を旅してきたリチャードさんの持論は「どの国でも人の感性や良心の量に大きな差はない。練習すれば変化を受け入れられる」ということ。「はるばる日本に来たのだから、いろいろな地方を訪ねてみたい」と、新たな文化に触れる機会を楽しみにしています。「イギリスの田園地帯には農家だけではなく、様々な職業の人がいます。歳をとってから出身地以外で暮らすことにも抵抗がない。自分の良さを生かすためにも可能性を探って欲しい」と、移住に前向きです。
アイガモは子どもたちにも大人気
━━取材を終えて
須藤さんご夫妻が住む喜多方市は会津地方の北部に位置し、蔵の街として全国的に知られる街。喜多方ラーメンをはじめ、そばや蔵元が集まる日本酒でも注目を集めています。毎年秋には、ギャラリーや蔵にアート作品を展示する『蔵のまちアートぶらりー』が開催され、自然と歴史、芸術との融合は街に多面的な魅力をもたらしています。

(掲載:2018年4月)

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