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愛される桃農家へ、ゼロからの挑戦!

福島県 伊達郡 桑折町 在住 小山 尚文(こやま なおふみ)さん

1981年東京生まれの東京育ち。
前職である行政書士としての仕事の関係で移住直前までは東京都港区に住んでいた。
桑折町へは2017年1月に移住し、現在はゼロから桃の栽培に取り組んでいる。

“小山果樹園”を目指して

桃の一大産地で知られる福島県北部。その中でも25年連続で「献上桃」の産地に選定されている桑折町(こおりまち)で、2018年4月より桃農家として一歩を踏み出したばかりの小山尚文さん。
都心で行政書士として働いていた小山さんが、桃の栽培に興味を惹かれたのは、(桑折町に隣接する)伊達市で果樹農家を営む親戚を手伝ったことがきっかけでした。週末だけのつもりで足を運ぶうちに、農業の奥深さに魅せられたと言います。
「それまで農業というと、年配の方がのんびりやっているイメージでした。でも、実際は土壌の知識、価格、販売方法など、生産するだけではなく、さまざまな知識が必要になることを知りました。何より農家の方が天候や自然に立ち向かう姿がかっこよかったんです。天候に恵まれて良いものができるのは当たり前、でもそうでない時にも良いものが作れるのがプロ。それを自分でもやってみたいと思ったんです」
ついには、「福島県農業総合センター果樹研究所」に通い、本格的に学び始めることを決意。「桃栗三年柿八年」のことわざどおり果樹は植えてから収穫できるようになるまでに時間がかかることから、並行して農園の土地探しも始めました。
見つけたのは桑折町の街並みが見渡せる小高い山の中腹の空き地。1本1本心を込めて植えた約130本の苗木は“小山果樹園”の第1弾の桃となるべく、数年後の収穫の時を待っています。

植えたばかり苗木を手入れする小山さん

同世代の仲間たちに支えられて

果樹栽培が盛んな桑折町でも、いわゆる農家の後継者ではない移住者が、ゼロから就農するケースは極めて異例。
それだけ果樹農家はハードルが高いとも言えますが、小山さんの難しいチャレンジを後押ししたのは、農作業や体験ツアーなどを通して出会った同世代の果樹農家の担い手たちでした。
彼らの本気の姿が、次第に小山さんの気持ちを変えていったのです。
「みんな初めから家業を継いだわけではなく、何年か都会で働いたりして地元に戻って来た人が多いんです。移住して良かったことのひとつは、そんな仲間たちに会えたこと。お互いライバルではありますが、気軽に情報交換したり、切磋琢磨していけるいい関係です。町のことも、彼らから教えてもらうことが多いんですよ」
ちなみに、都内で行政書士をしながら離れて暮らす奥様はといえば、小山さんの決断に反対することはなかったそう。
「自分が思い立ったらすぐ行動に移してしまう性格なのを、わかってくれているのではないでしょうか(笑)」

ライバルでもありよき相談相手でもある同世代の仲間たち
(写真提供:小山尚文さん)

将来の夢

移住によって生活が目まぐるしく変化する中で苦労したのは、周囲の人からの信用を得ることでした。土地柄、つながりを大事にする方が多いためか畑を探すのも一苦労だったと言います。
しかしその反面、どういうところかも知らずに飛び込んだ桑折町での日々は、毎日新鮮なことばかり。
「夜はまっ暗だし、熊は出るし(笑)。移住して初めての冬は雪がすごくて大変でした。でも生活に関して不便はあまり感じません」
そんな小山さんに将来の夢について尋ねると、「桃の栽培が軌道にのるまで10年はかかるので、先のことはまだ…」と苦笑しながらも、「いい桃を作ってみんなに食べてもらうこと」という答えが。いずれは都内の友人を招いて、畑や里山の風景の中で採れたての桃を味わってもらいたいと考えています。
「“移住者”と言われなくなったときが、本当の意味で移住できたことになるのではと思います。早く町に溶け込んで、“桑折町の住人”になりたいですね」

自宅の前で一服中

取材を終えて
福島に来る前は、桃は高級な贈答品というイメージだったという小山さん。地元の直売所でお客さんが箱買いしていく姿に衝撃を受けたそう。「地元の人においしいと思ってもらえる桃を作りたい」と意気込みを語ってくれました。

(2018年12月掲載)

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